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2012年5月10日 (木)

人参神話と脱人参

脱原発の次の課題として、脱人参を唱えたいと思います。

私はときどきカレーライスを作ったり食べたりしますが、今まではなぜか「カレーが大好き!」と言い切ることができない自分がいました。確かにおいしいんだけど、何かがひっかかる。どうしてかなあと思っていたんですが、今日その理由が判明しました。人参を入れずにつくったカレーがめっちゃおいしかったんです。

そうか、今までカレーのおいしさを阻害していたのは人参の存在だったのか。

カレーに限らないことですが、私たちはちょっと人参を過大評価しているような気がします。食材が乏しかった大昔ならともかく、今はさまざまな野菜が作られているし、海外から輸入されていたりもします。そんな中で、あえて人参にこだわる必要があるのかどうか。栄養面での再検証が必要なのではないかと。

てなわけで、栄養面を少し調べてみました。人参に含まれる栄養分として最も有名なのがカロテンです。私が持っている五訂版の食品標準成分表(ちょっと古いんですが)によると、人参には確かにカロテンが豊富で、皮むき・ゆでの場合、可食部100グラムあたり8600μグラム含まれています。

でも、カロテンは茹でたモロヘイヤには6600μグラム含まれているし、茹でた春菊には5300μグラム含まれています。カロテンは何も人参が独占しているわけではないんですよ。人参から摂るのが効率的かもしれませんが、いくらでも代替食材は存在しているし、嫌いな人はそちらから摂れば済む話です。もちろん、人参に含まれるカロテン以外の栄養分についても同様に。

βカロテンを多く含む野菜の総称として「緑黄色野菜」なんていう言葉がありますが、個人的にはずっと疑問を感じていました。緑色の野菜が大切というのは何となく理解できるんですよね。ネギだのニラだのほうれん草だの小松菜だのとたくさん選択肢はあるし、それらを食生活に取り入れるのは大切だと思う。

でも、黄色の野菜ってかぼちゃか人参しかないような・・・。「緑黄色野菜を毎日しっかり食べよう」なんて言われたら、かぼちゃか人参のどちらかを、毎日必ず食べなければならないわけで・・・。そこまで重要なのかは甚だ疑問です。

「うちの子が人参を食べなくて困る」なんて愚痴をこぼすお母さんがいますが、いったい何をお困りなのでしょう?何か具体的な健康被害でも出ているのでしょうか?人参がだめだったら人参以外を食べさせたら済む話だし、そもそも人参の料理を作らなかったらいいじゃないですか。

「子どもがモロヘイヤを食べなくて困る」なんていう話はほとんど聞いたことないですよ。なんでモロヘイヤが嫌いなのはOKで、人参が嫌いなのはだめなの?その点に疑問を持つ人がいないのが信じられない。

そうだ。きっと政官財学、いや政官農学が合体した人参ムラが存在しているのだ。私たちはきっと長い間、人参がなければ生きていけないと思い込まされてきたのだ。本当は人参なんて食べなくても生きていけるのに。なに?人参が嫌ならもう野菜を食べるな?冗談じゃない。そんな脅し文句に負けてたまるか!

・・・まあ、人参ムラとまで考えるのは極端ですが、なんとなく「人参は健康に不可欠」だと思い込まされてきた面はあると思います。「人参全廃・人参再収穫反対」を訴えるのはちょっとやりすぎですが、少なくとも過大評価はやめて、他の野菜と同等に扱うべきではないかと思っています。

あ、ちなみに私は人参が大嫌いですよ。もちろん脱人参の提唱にはかなり私怨が入っています。でも、過大評価とか既得権益を疑う目は必要だと思うな~。

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2012年5月 3日 (木)

郵送のみ800円

1日は仕事がお休みだったので、運転免許の更新に行きました。大阪府民の場合、日曜日にしか行けない人は門真まで出向く必要がありますが、平日なら近くの警察署でも更新が可能とのことです。

近くの警察署で視力検査なら講習やらを受けて更新したんですが、いまいち納得できなかったのが新しい免許証の受け取り方法。というのは、受け取るための選択肢は「6月6日(水)に講習を受けて即日交付」という方法と、「5月1日(当日)に講習を受けて、6月6日前後に郵送で交付」という方法の2つしかないらしい。そして、後者の場合は郵送費として800円が必要とのこと。

私は6月6日は仕事なので講習を受けるのは無理ですが、それまでに警察署に取りに行くことはできます。そこで、「今日講習を受けて、後からここに取りに来たいんですが」とお願いしてみたところ、それはできないとの返事・・・。つまり、「6月6日の水曜日」というピンポイントな日時で来られない場合は、問答無用で郵送費800円を支払わなければならない、ということですね。

なんか・・・どうなんやろ。窓口が開いている時間内にわざわざ取りに来ます、というのはそんなにいけないことなのだろうか。そして、郵送するにはどうしても800円が必要なのだろうか。仮に簡易書留を使うとしても料金は+300円だし、差額は手数料ということなのか・・・。ちなみに、郵送用の封筒には、住所と名前を自分で書かされましたけどね。何の手数がかかるのやら。

私は昨今の安易な公務員叩きの風潮に乗っかりたくはないのですが、こういう経験をすると、やはり変えなければいけない部分は多いのかな~と思ってしまいます。そもそも、交通安全協会って何なのかいまいちよくわからないし。

おかしいなあ。少し前まで大阪府の知事はあの橋下さんだったし、今も維新の会の知事なのになあ。維新の会って、叩きやすいところだけ叩いて、肝心なところとはなあなあでやっていく会なんでしょうね。

気が弱い私は、800円払って郵送をお願いしてしまいました。きっと800円に見合った豪華な小包が届くだろうと思うので、楽しみに待ちたいと思います。

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2012年5月 1日 (火)

せめて自らに恥じなく眠りたい

少し気持ちの整理がつかなかったので遅くなりましたが、東郷健氏の死去について。私はゲイでもおかまでもないしストレートだけど、雑民党の政見放送が大好きだったのでかなりショックでした。

政見放送が話題になること自体は今でもときどきあるんですよね。日本スマイル党のマック赤坂氏とか、長崎県知事選に出馬した松下みつゆき氏とか。でも、マック氏の場合は税金対策とかウケ狙いの空気がどうしても拭えないし、松下氏に至ってはただの変わった人でしかなく・・・。どちらからも「人生をかけてこれを訴えたい」というパワーは感じられませんでした。

その点、東郷健氏の場合は出てきたときの雰囲気からして違うんですよね。ただものではないアウトローな雰囲気が漂っているし、発する言葉の1つひとつに生き方がにじみ出ている。初めて観たときからくぎ付けになったし、そらで暗唱できるほど繰り返し観てしまいました。「ワイルドサイドを歩いてる人ってこんな感じなんや」と初めて認識したような感じ。

あまりのインパクトの強さに、ついつい知り合いの前でモノマネしたり、フレーズを口にしてしまうことも多く・・・。おかげで、東郷氏死去のニュースが報道されて以来、知り合いから「東郷健が亡くなったらしいね。大丈夫?」とメールがたくさん来ました・・・。どんな奴だと思われてるんだ私は。

てなわけで、東郷氏の名言「せめて自らに恥じなくねむりたい」「ありったけの愛をこめて」「星と空との只中に小さき者の何を争う」「私には猥褻はわかりません」などを胸に刻みつつ、ご冥福をお祈りしたいと思います。自らに恥じなく眠られたことを祈りつつ。

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2012年4月22日 (日)

《映画評》 エスパー魔美 星空のダンシングドール ★★★★☆

原恵一氏の初監督作品。私はエスパー魔美が大好きだったのになぜか見逃していて、しかもDVD化されていないのでもう諦めかけていたんですが、やっと観ることができました!40分ほどの短編作品です。

以下、ネタばれを含みますので未見の方はご注意ください。

前半は正直、ゆるい感じなんです。テレビ版のエスパー魔美の延長線上な感じで。でも、それらは後半のストーリーに説得力を持たせるための伏線になっています。

ストーリー自体はそんなに目新しいものではないんですが、とにかく演出がリアルでキレキレです。のちに原監督は「クレヨンしんちゃん」の「オトナ帝国の逆襲」や「アッパレ戦国大合戦」を撮るわけですが、キレキレ演出の原点はこの作品の中にもビシバシと感じられます。

登場人物が寝台特急「瀬戸」を待っているシーンからは、思わず背筋を伸ばして観てしまいました。リアルな時間の経過と原体験の描写が非常に秀逸で泣けてくる。まあ、間違いなく子ども向けではない演出ではあるんだけど・・・。

そして、ラストの疾走感と爽快感。映画版のオープニングにはテレビ版のエンディングテーマが使われていたので「どうしてかな」と思ったのですが、その理由がここでわかります。うーん、見事ですよね~。

ここまで秀逸な作品を観せられてしまうと、「原作の映像化」についていろいろと考えてしまいます。

原作のある作品を映画化・アニメ化する際に、原作を少し膨らませること自体は必ずしも悪くないと思うんですよね。漫画とアニメは表現手段として別物だし、映像作家の作家性はその膨らませる部分にこそ現れるわけで。

ただ、あくまでも原作の世界を壊すことなく、さらに深める形でないと何の意味もないと思います。原作者が亡くなったあとのドラえもん映画の惨状をみれば、その無意味さと醜さが如実に感じられます。残念かつ残酷なことですが、それが才能というものなんでしょうね。才能と原作に対する愛情の有無。それによって作品に残酷なまでの違いが出てしまう。

原監督の「河童のクゥと夏休み」は藤子・F・不二雄氏の原作ではありませんが、飼い主に殴られる犬のエピソードが出てきます。これは明らかに、ドラえもんの「ドロン葉」(てんとう虫コミックス16巻)へのオマージュだと思います。才能に加えて、藤子作品に対する愛情まであるんだから、「エスパー魔美」の映画版が良質の作品に仕上がらないわけがない。

ただ、原監督の現時点での最新作「カラフル」は、正直期待外れでした。原作を読んでなかったらまた印象が違ったのかもしれないけど、「どうしちゃったの?」という印象・・・。なんだかしがらみが多くて訳わかんなくなっちゃったのかなあ。次回作に期待です。

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2012年4月15日 (日)

ドームオーナメント

よく100均などで売っているキラキラするやつ。商品名は何ていうのかな、と思っていたんですが、「ドームオーナメント」というらしいです。まあ、確かにそうとしか言いようがないかな・・・。

120405_203101私はこれが大好きで、100均で見かけたらいつもキラキラさせて「わあー」と喜んでいます。購入はしないんですけど、見てるだけで幸せな気分になるし、何よりも美しいと思う。客観的かつ絶対的な美しさではないかと。

それなのに・・・。なんでしょう、100均でのぞんざいな扱いぶりは・・・。たいてい隅っこのほうに置いてあるし、お客さんにとっても特に珍しいものではないらしく、大して注目も浴びていません。こんなに、こんなにきれいなのに!

確かに、ドームオーナメントは今やどこのお店でも見かけるありふれたものだし、価格的にも100円で買えてしまうような陳腐化した商品ではあります。でも、ありふれているかどうか、価格が高いか安いかなんてどうでもいいじゃないですか。

もしも平安時代の人とかがこの「ドームオーナメント」を見たら、きっと美しさにびっくり仰天して、大金をはたいてでも、女房を質に入れてでも(←懐かしのアデランスの中野さん・・・)購入したくなると思います。蓬莱の玉の枝とか燕の子安貝なんかと並び称されるはず・・・。

とかく経済が価値を支配してしまう時代ですが、そんな今だからこそ、自分の審美眼とか価値観をしっかりと持っておきたいなと思っています。自分が「きれいで価値がある」と思うものは、きちんとそう認められる人でありたいです。経済なんて他人の価値観ですよ。そんなものに影響されてたまるか。

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2012年3月24日 (土)

《映画評》 キャタピラー ★★★☆☆

主演の寺島しのぶがベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を獲ったとか何とか。話題作だし、結構期待して観たんですが、結果的にはかなり期待外れでした。

以下、ネタバレを含みますので未見の方はご注意ください。

発想は確かに面白いんですよね。手足を失って帰ってきた夫と、彼を献身的に世話する妻。2人の関係性とそれぞれの性的な欲求が、時間の経過とともに少しずつ変わっていきます。そして、その関係性を取り巻いているのが、負傷した夫が村じゅうから「軍神」として扱われている、という特殊な世界なわけです。

でも、関係性の変化というテーマで考えたら、塩田明彦監督の「月光の囁き」のほうがはるかに奥が深いしえろいし面白いんですよね。比べる対象としては適切ではないかもしれないけど。

では、メインテーマである「反戦映画」としてはどうなのか。残念ながら、その視点で観ても底が浅く感じました。まあ、普通に「戦争は悲惨だなあ」とは思ったので、それだけで十分なのかもしれませんが・・・。

だいたい、ラストに原爆の映像が長々と挿入されて、元ちとせが歌う「小さな女の子」がご丁寧に歌詞つきで流れるんですが、そもそもこの作品に原爆は大して関係ないやろ。夫は原爆で怪我したわけでもなければ、原爆で死んだ人物も登場しないんだし。ましてや、子どもなんてほとんど登場しないわけで。

正直、元ちとせの歌を聴きながらぽかーんとしてしまいました。この映画の主題歌としてではなく、単独で聴いたら心に響く名曲なのかも、と考えたらすごく残念でした。

やはり、少し前に「この世界の片隅に」を読んでしまったことが大きいと思います。(こちらに書評を書いています)何もこれみよがしな演出をしなくても、当時の人々を丁寧に、淡々と描くだけで十分過ぎるほどの反戦作品になる。それを知ってしまった今となっては、残念なからこういう作品を観ても薄っぺらく感じてしまう。

寺島しのぶも、正直どこがいいのかよくわからなかった・・・。どちらかといえば、夫役の大西信満のほうが熱演だったと思うんだけど。海外で評価されたのは、外国人にとってわかりやすい日本人妻のイメージだったからでは、などというイヤミなことも考えてしまいました。シェー!

あと、ストーリーとはあんまり関係ないんですが、篠原勝之は太りすぎやろ。食料不足が描かれている中で、あの体型は何とかならんかったんかな。きっと観た人は全員ツッコんだのではないかと思います。

てなわけで割と酷評なんですが、若松監督の前作「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」は大好きで★5つなんです。観たあとずっと登場人物の物まねをしていました。観るべきなのはこちらではないかと思います。

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2012年3月21日 (水)

ぼくのぱん わたしのぱん

昔からずっとパンを焼いてみたかったのですが、我が家にはオーブンがないので諦めていました。私は大学に入ったときからずっとトースターレンジというやつを使っています。これは「トースター+電子レンジ」なので、オーブン機能がないわけです。

パンのレシピにはたいてい一時発酵だのオーブンを何度に設定だのと書いてあります。トースターではそんな設定ができるはずもなく、「パンづくりはお金持ちのやることだ」などとすねていたのでした。

ところが!こちらのブログを拝見すると、オーブントースターでもパンが焼けると書いてある!しかも「呆気なく」って!ほんまかいな、ということで、さっそく試してみました。

結果としては・・・焼けました!

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うん、なんかちょっと焦げてるし、見た目はあんまりふっくらしてないけど、食べてみたら確かにパンでした。わーい!お味のほうは、よくパン屋さんで売ってる「ハイジの白パン」みたいな感じ。強力粉でつくったらとてももっちりな感じになりました。

トースターで簡単に焼けるのも魅力的ですが、何よりも手間がかからないのが素晴らしいと思いました。一時発酵やらなんやらも必要ないし。焼くときにくるみを入れてみたり、いろんなアレンジもできそうです。

ただ、薄力粉でも一応挑戦してみたのですが、なんかピザの生地みたいなパンになって、個人的にはあまり好みではありませんでした。強力粉のほうが価格は高いけど、それでもわずか数百円。私は1キロ180円くらいで買いました。それにこちらのドライイーストがたくさん入って300円くらい。パンってこんなに原価安かったんだ・・・とちょっと愕然としてしまいました。

まあ、市販のパンはもっといい小麦粉と酵母を使ってるんだろうし、おいしく焼く技術も持ってるわけですけどね。でも、荒削りとはいえ、おうちで焼きたてのパンが食べられるのはなかなか幸せなことでした。興味があればぜひ。

ちなみに、今回のタイトルは絵本からとりました。あんなふうにつくれたらいいな・・・。

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2012年3月 7日 (水)

《書評》A3 森達也著 集英社インターナショナル ★★★★☆

福島第一原発の事故以来、原子力や放射能に関する専門家がたくさんメディアに登場しました。その中には「メルトダウンはあり得ない」と説明していた人や、「放射能は体に良い」と主張していた人もちらほら見られました。彼らに対しては、特に脱原発の立場からは「御用学者だ」として厳しい批判が行われています。

御用学者の定義はさておき、原発の分野において、何らかのバイアスのかかった専門家が存在していることは、おそらく事実なんだろうと思います。

では、原発の御用学者の存在を目の当たりした私たちが、その事実から学ぶべきことは何でしょうか?それは、単に原発村を厳しく批判して溜飲を下げることなんでしょうか?

本書はオウム事件に関する作品なので:原発とは無関係だし、非常に重量級の内容です。オウム事件に詳しくない私ごときがあれこれ言えるような本ではないんですが、今回は「御用学者」という視点から少し書いてみたいと思います。

著者によると、今回の「A」は荒木氏でもオウムでもなく、麻原彰晃の「A」。本書で言及される内容は多岐に渡りますが、主となるテーマは麻原裁判の異常性についての指摘と、オウムが引き起こした一連の犯罪に対する考察でした。

著者の麻原裁判に関する主張は、実はとてもシンプルに思えました。すなわち、「まともで適正な裁判をしてくれ」という1点に尽きるのではないかと。

麻原裁判は被告人の死刑が確定し、既に結審してしまいましたが、そのプロセスは従来の刑事裁判と比べて、極めて異例な形で進みました。その一例として本書で挙げられているのが、被告人である麻原氏の異常な言動です。

麻原氏の言動は裁判の途中からおかしくなってしまい、家族や弁護人とまともなコミュニケーションが取れなくなっていたことが本書で示されています。家族や弁護人とコミュニケーションが取れないんだから、当然犯行に関するまともな証言が得られるわけがないし、裁判の戦略を立てられるわけもない。

で、麻原氏がおかしくなった理由が「精神疾患」によるものなのか、「死刑を逃れるための演技」によるものなのか。そこが、裁判を進めるかどうかを判断する上での大きなポイントになっていました。

勘違いされがちですが、著者の論点は、心神喪失者の行為について定めた刑法39条ではなく、刑事訴訟法314条の1。「被告人が心身喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない。」という条文についてです。

つまり、事件を起こしたときの麻原氏の責任能力の話をしているわけではなく、裁判中の麻原氏の訴訟能力についての話をしているわけです、このあたりは、一般的に混同されがちな部分ではないかと思います。

精神疾患なのか演技なのかは素人ではわからないわけで、当然専門家の出番となるはずですが、裁判所による精神鑑定はなぜかなかなか行われない。その間に弁護側は独自に6人の専門家に被告人との面会を依頼しますが、全員が「訴訟能力なし」と鑑定。彼らの多くが、適切な治療を行えば回復する可能性が高い、と判断していたとのこと。

治療によって回復したら、当然弁護側とも検察側ともコミュニケーションが取れるだろうし、事件についての証言も得られるはず。たとえ結果的に死刑になるとしても、判決が確定するまでのプロセスは法律に基づいた適正なものでなければおかしい。著者はそうした点を指摘して、裁判を一時停止して治療を行うことを主張しますが、私もそれはまっとうな意見だと思います。

さて、前置きが長くなりましたが、ここでようやく登場するのが西山詮医師。弁護側が依頼した6名による鑑定のあと、裁判所からの依頼で麻原氏の鑑定を行った西山氏は、麻原氏を詐病とみなすとともに、「訴訟能力あり」と判断します。結果として、麻原氏が治療を受けるという展開はなくなり、本人が大したことを語らないまま裁判は終わってしまいました。

ここで最初の話に戻りますが、原発の御用学者の存在を目の当たりした私たちが、その事実から学ぶべきことは何でしょうか?個人的には、すべてを疑ってみること、そして少し想像してみることだと思います。

言うまでもない話かもしれないけど、御用学者はきっと現在もありとあらゆる分野に存在しているし、過去にも山ほど存在していたんですよ。「専門家の見解」や「科学的な知見」なんてものは、政治やお金やイデオロギーや世論などの力によって簡単に歪められてしまう、ということですね。

西山氏がいわゆる「御用学者」だったかどうかは私には断言できません。ただ、たくさんの人が亡くなったオウム事件の裁判が、もしも御用学者の存在によってインチキな形で終わってしまったとしたら、それはとても不幸なことだし看過できないことだと思います。

原発事故をきっかけに、世の中の仕組みに関心を持ち始めた人はきっと多いはず。個人的には、脱原発だけに留まらずに、もう少し想像力を広く持ってほしいなーとついつい思ってしまいます。原発の御用学者については厳しく糾弾するのに、司法の御用学者については疑問すら持たない、というのではバランスが悪いですよね。

さて、麻原裁判は結局、一般的な刑事裁判と比べて異例尽くしのままで終わってしまいましたが、最後に著者の言葉を引用しておきたいと思います。

誰かに適正な裁判を受けさせる権利を守ることは、僕らが公平な裁判を受けるための担保でもある。

結局のところ、自分が当事者になるケースを想像できるかどうかなんだと思う。私は別に罪を犯す予定はないんですが、自分や家族が加害者なり被害者なり被告になる可能性を常に想像してしまうし、その場合にはまともな裁判であってほしいと思います。ただでさえ冤罪やら国策捜査やら別件逮捕やらが横行してる世の中なんだし。

ちょっと長く書きすぎました。本書は著者による麻原裁判の異常性についての指摘と、オウムが引き起こした一連の犯罪に対する考察が主なテーマになっています。後者の考察もとてもとても興味深いので、気が向いたらまた感想を書くかも。分厚い本ですが、頑張って読んでみることを最後にお勧めしておきます。

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2012年2月16日 (木)

メディアの特質とツイッター

ツイッターを見よう見まねで始めて数か月が経ちました。

最初は「備忘録代わりに使おうかな」なんていう軽い気持ちだったんですが、自分のツイートをリツイートしてもらったり、フォロワーさんが少し増えたりすると、それなりにうれしくなります。

そうなってくると、ツイートする内容も少し変わってきました。最初は自分が興味のあることを好きなときにつぶやいていたけれど、もはや備忘録ではないわけだし、フォロワーさんが喜びそうな話題を選んだほうがいいような気がする。せっかく読んでくれているわけだし。

例えば、脱原発に興味のある人がフォロワーさんに多かったら、脱原発関係をつぶやいたほうがいいのでは、と考えてしまう。

また、フォロワーさんを増やしたりたくさんリツイートしてもらおうと思ったら、多くの人が共感するような話題をつぶやいたほうが効果的なはず。うん、いま話題になっていることで、多くの人が共感するようなことをツイートするべきだ。えっと、いま話題になっていることはなにかな~。

と、ここまで考えて「まずい」と思いました。これって、たかだか数十人のフォロワーさんしかいない私のツイッターアカウントとはいえ、メディアの特質を如実に現しているのではないだろうか。

日中戦争や太平洋戦争のとき、新聞各紙は戦争を煽るように書き立てたそうです。その主な理由は、軍部が無理やり書かせたというよりも、そう書いたほうが売れたから。逆に、戦争反対を主張する新聞は売れなくなったそうな。(田原総一郎氏も過去にブログに書いていますね)

当たり前の話ですが、新聞もテレビも基本的には民間企業なので、売り上げを伸ばすとともに、広告収入を多く得ることが使命なわけです。となると、「送り手が伝えたいこと」「本当に思っていること」よりも「多くの受け手が求めること」を優先せざるを得なくなる。意識的にせよ無意識的にせよ、そうなるのは必然なんだと思います。

そうしたメディアの特質については、森達也氏が著書の中で再三にわたって書いていましたが、まさか自分のツイッターで実感することになるとは思いもしませんでした。

ツイッターにはまっている人たちには、その自覚はあるのかな。自覚があるんならいいけど、もし無意識に「リツイート!」「フォロワー!」となってたら怖いなあ、と思って書いてみました。

てなわけで、これからは誰もわからんようなマニアックな話題ばっかりツイートしようかなと思っています。

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2012年2月13日 (月)

《映画評》 しあわせのかおり ★★★☆☆

地味な映画だしあまり期待してなかったんですが、すごく丁寧につくられていました。ストーリーはベタベタだけど、調理シーンや出てくる料理がおいしそうで楽しい。登場人物のせりふや間もリアル。最近よくある「ゆるい映画好き」マーケットを狙った作品とは一線を画すると思います。

以下、ネタバレを含みますので未見の方はご注意ください。

ストーリー的には、脳梗塞で調理ができなくなった料理人の王さん(藤竜也)と、デパートを辞めて彼に弟子入りする女性(中谷美紀)との師弟関係が基本となります。なので当然、たくさんの料理が出てくるし、調理シーンもわんさか。

藤竜也も中谷美紀も料理人として自然に見えました。ちゃんと練習しはったんやろなーと感心・・・。「ちゃんと本人が中華鍋ふってますよ!ほらほら!」とアピールするようなシーンもたくさんありました。

そして、観終わった後に私は王将に行きました。あはは。本当はもっとそれっぽい中華料理屋さんに行きたかったんだけど、まあ近場で王将・・・。やはり中華が食べたくなるんですよねー。作中に登場したトマト卵炒めもさっそく作ってみたのでした。

キャストはちょい役で渡辺いっけいが出ていたり、けっこう豪華。山田雅人が出てたのは、裏刑事での藤竜也繋がりなのかなあ・・・。平泉成なんて出番短いんだけど、おいしそうに食べる演技はさすがでした。

もちろん、細かいツッコミどころはあるんですけどね。例えば、主人公たちが上海と紹興に出かけるくだりは、ちょっと長かったかな・・・。中国ロケを思い切って敢行したら、使いたくなるような風景が多くて長めに入れてしまったんやろか。そんな邪推をしてみたり。

最初に中谷美紀が毎日通ってランチを食べるシーンも、ちょっと不自然。デパートが出店を要請するような評判のお店なんやったら、ランチ時にはもっと行列ができてるやろ。作中では全然並んでなかったし、もちろん相席でもなかった。もう少し混んだ店にしてもよかったと思うけどな。

ラストの食事会も、なんだか会話が楽しくなさそう・・・。いきなり歌いだした娘の度胸にもびっくりでした。声楽やってる子ってあんなに度胸あるんやろか。

あと、あまり関係ない話なんですが、作品を観ながら、漫才師のオール巨人と、師匠だった岡八朗のエピソードを思い出しました。ウィキペディアで読んだエピソードなので、本当かどうかはよくわからないんですが、せっかくなので紹介してみます。

吉本新喜劇のスターだった岡八朗に弟子入りしたオール巨人は、岡に厳しく鍛えられ、漫才師として成功を収めます。ところが、その後師匠の岡は脳挫傷で倒れ、後遺症として記憶障害が残ってしまう。

記憶障害のリハビリをしつつ、岡八朗は娘との漫才で舞台復帰を目指しますが、その際にサポートしたのが弟子のオール巨人。以下にウィキペディアの記述を載せてみます。

岡の舞台復帰の際は、娘との漫才のサポートを懇願され、事故の後遺症でなかなか台本を覚えられない岡にダメ出しをするなど、漫才に対して厳しい姿勢を見せながらも、衰えた師匠の姿に密かに号泣するなど、深い師弟愛と芸に対する厳しさの両面を見せた。

なんか、めっちゃ感動する話じゃないですか?厳しい姿勢を見せたのは、過去に自分が師匠から厳しく指導されたからだと思うし、「病気なんだから」とお客さんの前で妥協することは、きっと師匠の教えに反することだったんでしょう。私はこういう話に弱い・・・映画化されたら泣くかも・・・。

話がめっちゃ逸れましたが、作中でも私は何度か泣きそうになりました。藤竜也ってこんなに味のある役者さんだったんですね・・・。緩急も間も表情もすごくよかったです。映画を観ながら、何かを一生懸命頑張るっていいなーとも思いました。興味がある方はぜひ。

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