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2012年1月30日 (月)

阪神駅弁大会2012の攻略法

大阪・梅田の阪神百貨店で1月31日まで開催されている全国有名駅弁とうまいもんまつり。いわゆるデパートの駅弁大会ですね。駅弁ファンの私は毎年足を運んでいて、先日もいくつか購入して食べてみました。そこで、今回はお薦め駅弁などについてつらつらと書きたいと思います。

まず最初に認識すべきなのは、この催しの名称です。「全国有名駅弁」と「うまいもん」まつり。すなわち、「全国有名駅弁」だけでなく「うまいもん」も売られています。

「駅弁」とは言うまでもなく、鉄道の駅で販売されているお弁当のことですね。それに対して「うまいもん」の定義が何なのかはよくわかりませんが、ここでは「駅弁ではないもの」と考えてよいと思います。つまり、駅弁大会といっても、並んでいるすべてが駅弁ではないわけです。駅弁ではないお弁当も普通に販売されている。

具体例を挙げると、毎年ド派手に実演販売している雑魚亭の海鮮弁当は、駅弁ではありません。雑魚亭は札幌に店舗を構えるただのお寿司屋さん。駅で売っているわけではないし、駅弁とは何の関係もないわけですね。

でも、ここの実演販売の前にはいつも行列ができているし、きっと駅弁だと勘違いして購入している人は多いはず・・・。この催しで駅弁をゲットしたい場合は、こちらでは立ち止まらずにスルーするべきだと思います。

念のため書いておきますが、別に雑魚亭の海鮮弁当がおいしいかおいしくないか、弁当としての品質がどうかという話をしているわけではありません。駅弁大会で実演販売しているけれども駅弁ではないですよ、と言いたいだけ。「別に駅弁であることにはこだわらない」という人は買ってみてもいいと思います。おいしいかどうかは、私は食べたことがないのでよくわかりません。

では次の段階。最初に催しで販売されているものを「駅弁」と「駅弁以外」に分けました。次は、そのうちの「駅弁」を2つに分けてみます。すなわち「輸送」と「実演」です。

輸送とは、現地で作られたものをそのまま百貨店に運んできたもの。遠くから運ぶことになるので当然販売数は限られますし、場合によっては時間の経過とともにごはんが少しかたくなってしまう場合も見られます。

実演とは、その場で調製して販売している駅弁のことですね。調製元(駅弁業者のこと)が百貨店に出張してつくりますので、販売数も多くできるし、あたたかい状態で販売することも可能です。

輸送・実演にはそれぞれメリット・デメリットがありますが、一般的に入手が難しいのは輸送のほうです。販売数が少ないわけですから当然ですよね。人気のある輸送駅弁は10時半過ぎには既に売り切れたりもします。なので、お目当ての駅弁が輸送駅弁の場合は、開店と同時に足を運ぶくらいの気合が必要となります。

その点、実演の場合は夕方でも大丈夫です。閉店時間が午後8時(最終日は午後5時)ですが、午後7時くらいまでに現地に到着すれば、まず入手は可能だと思います。

では、このあたりの事情を最低限踏まえた上で、個人的におすすめできるものを紹介してみます。今回は「駅弁であること」「現地で実際に売られていること」「おいしいこと」「価格が妥当であること」「ある程度歴史があること」「お弁当としての完成度が高いこと」「家庭ではなかなか作れないお弁当であること」などを基準に選んでみました。

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おたる海の輝き 北海道・小樽駅 小樽駅構内立売商会

彦摩呂氏のグルメレポート風に言うと、まさに「海の宝石箱や~」という感じ。単にうにやいくらをごはんに乗っけているというだけではなく、卵焼きやきゅうりも含めてお弁当としての完成度が非常に高い。実演販売なので夕方でも入手可能です。

焼漬鮭ほぐし弁当 新潟県・新潟駅 三新軒

新潟駅の幕の内弁当「鮭の焼漬弁当」で評価の高かった鮭の焼漬を、ごはんの上にほぐしてたっぷりのっけたという、ちょっと夢のような駅弁。見た目の派手な海鮮ものや牛肉ものと比べると地味ではありますが、満足度は高いと思います。こちらは輸送かつ人気駅弁なのでできれば早い時間に。

湖北のおはなし 滋賀県・米原駅 井筒屋

これまた見かけは地味なお弁当なんですが、とにかくかわいい!風呂敷に包まれたお弁当を開けるときのわくわく感と、1つひとつ丁寧につくられたおかずの完成度。特に女性には受けると思います。これまた輸送なので入手したい場合は早い時間に。

吾左衛門鮓 鯖 鳥取県・米子駅 米吾

この駅弁はやたらと高いので、私も昨年までは敬遠していました。でも、昨年初めて食べてびっくり。酢飯と鯖と昆布のハーモニーが素晴らしく、切り分けるときはまるでケーキのようにわくわくしました。ちなみにこちらによると、かの立川談志氏もファンだったとか。輸送駅弁ですが、高額なのですぐには売り切れないと思います。できれば午前中に。

ぶりかまめし 富山県・富山駅 源

「ぶり釜めし」ではなく「ぶりかま・めし」。やわらかく煮たぶりのかまを酢飯にのっけたお弁当。骨を気にせず丸かぶりできるぶりかまに、初めて食べた人はきっと感動するはず。こちらも輸送なので、早い時間に購入する必要があります。

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さて、ここで少し補足。今回はお薦めに挙げませんでしたが、実は東日本大震災の被災地であり、原発事故の被害を最も受けている福島県からは、郡山駅の福豆屋が実演販売で出店しています。販売しているのは実演では幸せの黄色い豚めし、輸送ではあぶくま山菜栗めしばんだい松茸めしの2つ。

福島をはじめとした東北の食材については、国が定める暫定規制値や検査体制に関する批判が存在しています。特に小さな子どもや妊婦さんがいるご家庭の場合は、敏感になるのは当然だとも思います。

ただ、福豆屋さんに電話で問い合わせたところ、

  • あぶくま山菜栗めしとばんだい松茸めしはほとんどの食材が福島産だが、検査の結果「検出せず」だった。
  • 幸せの黄色い豚めしのごはんは実演なので関西のお米。豚肉は福島産だが、月1回の検査で問題なしとの結果が出ている。

とのことでした。デリケートな話なのですべての人にお薦めはしませんが、私は今回、駅弁ファンとして福豆屋の駅弁を購入して、おいしくいただきました。そのことは付記しておきたいと思います。

なお、蛇足ですが、放射性物質の拡散により、現在では日本の食に関する信頼は大きく揺らいでいます。そのリスクは駅弁も全く例外ではありません。

ただ、個人的な見解としては、駅弁は旅行中などの非日常の場で食べるものであって、日常的に口にするものではないですよね。子どもや妊婦さんの場合はさておき、大人の場合はある程度のリスクは許容しないと仕方がないのかな、と思っています。それは、駅弁に含まれる保存料やPH調整剤などに関しても同じです。

もちろん、駅弁は別に食べなくても困らないものなので、気にされる方はわざわざ食べる必要はないと思います。そのあたりは各自で判断していただければと思っています。

なお、その他の雑感は次回に。

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2012年1月14日 (土)

国民投票のルール

みんなで決めよう「原発」国民投票プロジェクトによる「原発」国民投票の素案には、即時停止・廃炉の選択肢がなかったみたいですね。まあ、あくまでも素案なので「これから盛り込めばいい」と考えている人もきっと多いことでしょう。

前回載せた書評には、実は載せるにあたって割愛した部分がありました。直接的には関係がないと思ったので・・・。それが下記の部分。またまたタイムリーだと思うので載せてみます。ちなみに、3、4年前に読んだと思ってたんですが、きっと実際はもう少し前ですね。時が経つの早すぎ・・・。

ただ、憲法改正の国民投票は第96条に規定されているわけで、手続法の必要性について論理的に言われてしまうと、やはり護憲派の分が悪いのも事実。なので、私の意見としては、国民投票法案の審議自体に反対するよりも、むしろ対案を示して広く問うのが良いのではないかと思います。

対案の中には、国民投票が実施される際、確実に護憲派が有利になるようなルールを盛り込むべきです。どうせなら、改憲なんて未来永劫できそうもないようなルールを提示したらいいんですよ。

だいたい、護憲派がたいてい控えめかつ常識的な案しか出さないのに対して、改憲側はとことん増長した案を出してくるわけで、この構図からの脱却は必要だと思います。国民投票法の論議が避けて通れないんだとしたら、せめて厚かましく対案をぶつけて有利なルールにしないと・・・。

いずれにせよ、護憲派が作ったルールごと丸飲みさせるような形でないと、私は国民投票法には賛成できないな、と思っています。

憲法改正のための国民投票法は残念ながら既に成立して施行されちゃいましたが、今回の「原発」国民投票にも同じようなことが言えると思っています。要は、ルールを誰が決めるんですか、という話ですね。具体的には、選択肢の項目もルールの1つとなります。

ところが、素案の説明にはこんなことが書いてある。「この市民案全てが、採用されるよう務めて参りますが、最終的には国会での審議に基づき作成されることになります。」とのこと。

法案なんだからそりゃまあ当たり前の話なんですが、では審議する議員さん達は即時の原発停止に賛成なんですか?確か議会のほとんどは民主党と自民党の議員で占められているはずですが・・・。

たとえ素案に脱原発派に有利な項目が盛り込まれたとして、それを実際行われる国民投票に丸ごと持ち込めるんでしょうか。骨抜きにされたらどうする?選挙を経て闘う?あるいはロビイスト活動やデモや署名運動で?それも可能かもしれないけど、ずいぶん回り道するなあという印象です。

「国民投票をすれば民意が的確に反映される」と考えてしまいがちですが、結局のところ、選挙で多数派をとることからは逃れられないんですよ。議会の多数派がルールを決めるわけです。自分たちに都合のいいルールを。選挙制度なんてその典型じゃないですか。

その程度の認識は最低限持った上での「原発」国民投票運動じゃないと、あっけなく足元をすくわれると思います。

なので、私は諮問型の国民投票を封じ込めようという気はそんなにないんですが、今のところは賛成でもありません。憲法に規定されているのならともかく、何も今わざわざ新しく創設して権力側の土俵にのらなくてもいいと思う。

もちろん、署名活動にがんばっている方々の努力には敬意を持っています。原発に関する議論が盛り上がるのもいいことのはず。ただ、「ベクトルは大丈夫ですか」と少し切なく思っています。前回書いた改憲潮流との関係と、今やるべきことの優先順位について、少しだけ立ち止まって考えてもらえればなーと思います。

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2012年1月12日 (木)

《書評》 「憲法九条」国民投票 今井一著 集英社新書 ★★★☆☆

「原発」国民投票に関する賛否が分かれる昨今ですが、旗振り役のみんなで決めよう「原発」国民投票プロジェクトの事務局長を務めているのが、ジャーナリストの今井一氏。

どこかでお名前聞いたことあるなーと思っていたら、私は3、4年ほど前に今井氏の著書を読んでいました。それがこの本。タイムリーなので、以下に当時書いた読書感想ノートをほぼそのまま載せようかと思います。

「憲法改正論議を主に九条に絞った上で、論点を整理して、改憲派・護憲派の主張をそれぞれバランスよくまとめた本」というのが一般的な認識でしょうか。ただ、改憲を望んでいると思われる著者のスタンスが露骨に出ているので、バランスは悪いです。あくまでも「改憲派がつくった本」として読む必要があります。

著者は、非常に明快な論理の持ち主であり、きっといい加減なことは許せない性格なんだろうと思います。九条問題についてもそのスタンスははっきりしていて、とにかく白か黒。あいまいな部分は認めない、という姿勢を強く感じました。

同時に、あいまいさを認めない、ガチガチな考え方の怖さも印象的でした。私自身は、論理が少々破綻してようと、手続きがいい加減であろうと何だろうと、結果として戦争に至らないことが最も大切だと思っています。要は、人が死なないことが大事であり、そのために論理が少々破綻したところで一向に構わない。これはきっと性格の違いなんでしょうね。あいまいさを認めない人たちとの議論は難しいのかもしれません。

著者は国民投票法案の成立を強く訴え、法案自体に反対する護憲派を強く批判しています。ここで感じたことは、著者の権力側に対する信頼です。著者の視点には立憲主義という要素がほとんど感じられず、権力への無防備な信頼が見えてしまいます。その点、護憲派は、権力側がつくるルールはそもそも信用していないんですよ。

古い話ですが、みなさん覚えているでしょうか。ソウルオリンピックでは鈴木大地選手がバサロ泳法で金メダルを取りましたが、その後すぐにルールが変わり、バサロで泳げる距離が制限されてしまいました。ほとんど普遍的な流れとして、権力を持っている人たちは、自分たちの思い通りになるルールをつくります。これは倫理うんぬんの問題ではなく自然なことであって、だからこそ権力側がつくるルールには安易に賛成してはいけないわけです。

なので、「護憲派が反対するのは無責任だ」とする著者の主張はとてもとても一面的です。護憲派が持つ権力への不信と、権力によるこれまでの悪しき実績について著者が全く触れないのは、意図的にせよ無意識にせよ、かなり悪質であると思います。

ボクシングの亀田興毅VSファン・ランダエタの初戦を観てもわかるとおり、私がメキシコ人ボクサーだったら絶対日本では戦いたくないと考えます。だって、フェアじゃないんだもん。

また、著者が提示する「憲法改正」国民投票の二択は本当にひどいです。1億もの人々が1人ひとり、いろいろな意見を持っているのに、勝手に分析して極端な2択を提示し、選択を迫る。小泉氏の郵政民営化と同じ手法です。世界はもう少し複雑で多様で豊かですよ、本当に。

最後に、著者に決定的に欠けている視点。著者は解釈改憲を強く批判し、現実と条文を一致させることが大切であると主張しています。

では、改憲後に再び解釈改憲が行われないという保証があるんでしょうか。ゆるくなった条文をさらに解釈改憲して、結果としてさらに再軍備の方向に進む、という危惧を抱くのは自然ではないでしょうか。その点に関する言及は全くなく、非常にアンフェアな本だと感じました。著者が頭が良い人であるのはわかるんだけど、私とは相容れないなという印象を持ちました。

今井氏って、原発を止めたい人というよりも、どちらかというと国民投票をしたい人なんでしょうね。そして、戦後70年近い平和憲法を守る運動というのは、改憲勢力による国民投票への流れを阻止する運動、という一面もあったわけです。

昨年6月にすり替え要注意を書きましたが、この時点では恥ずかしながら、国民投票というところまでには考えが及びませんでした。何らかのすり替えは行われるとは思っていましたが、まさに「私なんかでは思いもつかないような」ところだった・・・。

実際のところ、「原発」国民投票が実現するかどうかはわからないし、実現したところで結果がどうなるかもわからない。脱原発を実現できるかもしれないし、国民が民主主義について学ぶいい機会になる、という側面も確かにあるのかもしれません。

ただ、国民投票実施に向けて運動に取り組んでいる人たちの中には、本気で原発を止めたいと思っていると同時に、憲法九条を変えたくないと思っている人も多いはず。それだけに、少し切ない。彼らがカッコウのヒナにせっせと餌を運ぶ親鳥のようにならなければいいんですが・・・。

私は原発は即時止めてほしいし(地震などに対する安全性というよりも、廃棄物を出すからです)、憲法九条も変えてほしくないと思っているので、なんだかすっきりしない日々です。正直、普通にこれじゃあかんの、と思ってしまう。国民投票に賛成の人・反対の人を問わず、せめて自分の頭で考えようとする人が少しでも増えたらいいなーと思います。

次回に続きます。ちなみに、こちらに補足・訂正を書きました。(2月9日)

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2012年1月 7日 (土)

のび太30歳

今さらなんですが、トヨタの「野比のび太30歳、やっぱり独身」などのCMについて。

まあ、あまりにも当たり前過ぎてわざわざ私が書くまでもない話なんですが、原作ではのび太は20代でしずかちゃんと結婚しているし、おそらく20代のうちにノビスケという子どもにも恵まれています。

例えば、てんとう虫コミックス16巻の「りっぱなパパになるぞ!」では、のび太は25年後の自分に会いに行きますが、25年後には既に10歳前後のノビスケが存在しています。のび太自身も10歳前後だと思われるので、どう考えても20代で結婚して父親になっているはず。「30歳、やっぱり独身」というのは、誰が考えてもおかしい話なわけです。

いくら原作者が既に他界しているからといって、原作を捻じ曲げてまで宣伝したいのか?私には理解できないなあ。遊び心も大切かもしれないけど、それはあくまでも原作に則った範囲に留めるべきだと思うし、それを安易に逸脱するなんて、能力のなさと品性の下劣さを証明しているようなものだと思います。あーあ、世界のトヨタですか・・・。

大人になったのび太のさえない感じを表現したいんだったら、「のび太30歳、やっぱり期間工」とかのほうがトヨタらしくていいのでは?ついつい、そんなことを毒づきたくもなってしまいました。

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